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コンタクトの歴史
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コンタクトレンズの歴史

 誰が最初にコンタクトレンズを発案したのでしょうか。そもそものルーツや、どのような出来事から生まれたのか。コンタクトレンズの歴史について紐解いていきます。

コンタクト発明〜現在にいたるまで

ダヴィンチ、原理の発見

レオナルド・ダヴィンチ
 あの有名な「レオナルド・ダヴィンチ(Leonardo da Vinci)」が、ガラス製のツボに水を浸し、そこから外を見てみたところ、見え方がいつもと違って見えた事から水中で光が屈折している事に気付きます。
つまりデコボコな表面の角膜でも、最後に目に届く光線がガラスや水を通ったときに変化することを発見しました。
ですが、この研究が視力回復に役立つようにか、単に物の見え方を研究するためだったのかはダヴィンチ本人のみぞが知るところで、一般的には後者の意見が有力ではないかとされています。
この出来事が1508年でした。

レーン・デカルト(Rene Descartes)氏の案

屈折
  1637年。フランスのデカルト氏は、両側の端に湾曲したガラスのレンズを付けた筒状の容器に水を満たし、そこに直接眼を付けることによって眼の前の光の屈折や反射の光学的状況を変化させる方法を提唱。
この方法で遠視や近視の強さを測っていたようです。
わかりやすく考えると、今日のコンタクトレンズの長〜いもの、を開発する。

オーゲン・フィック氏(Eugen Fick)の実験

オーゲン・フィック
 ダヴィンチの発見から300年以上経った1887年のスイス。
眼科の医者だったフィック氏は、まずウサギの眼の形に合わせたウサギ用のコンタクトレンズを自ら作り、装用させる事に成功(型取り法)。この成功を踏まえて、初めて人間用のガラス製のコンタクトレンズをつくる。
フィック氏は“コンタクトレンズ”という名称の名付け親にもなりました。

アウグスト・ミューラー氏

 フィック氏とほぼ同時期に行われた、ミューラー氏自らの眼に装用してみる実験。装用時に視力の矯正に成功しましたが、装着による痛みのために数十分程度しか使用できなかったようです。
ガラスで作られていた為、当時の技術ではまだ使用感を高める事までは出来なかったのでしょう。

PMMAハードコンタクトレンズの開発

  それまでは強い乱視向けレンズ、無水晶体などの異常が起きた眼用に利用されるまでに留まっていましたが、1930年代から本格的な開発があちこちで進み、1938〜1940年には初めてポリチルメタクリレート(PMMA)というアクリル樹脂で作られた「ハードコンタクトレンズ」の開発に成功しました。
このPMMA(polymethyl methacrylate)という素材の難点は酸素を全然通さない事でした。酸素を通さない事での眼への悪影響や、装用に慣れるまで時間がかかるというデメリットも普及と同時に知られていく事になります。
この難点を改善するべく、開発が進められました。

1970年代〜現代のコンタクトレンズ

最近のコンタクト

 酸素も透過できるハードコンタクトレンズが開発されたのは1970年代の事で、素材はPMMAではなく酸素透過性のあるRGP(rigid gas permeable)を使っており、これが現在のハードコンタクトレンズの主流となる素材です。
これとほぼ同時期に1950年代から開発が進められてきたソフトコンタクトレンズも初めて製品化されました。
ハードコンタクトレンズの難点を回避したソフトコンタクトは、以降急速的に日本にも普及していくこととなります。ちなみに、決められた使用期間で廃棄を繰り返す「使い捨て」タイプのコンタクトレンズが日本で認可されたのは1991年の事です。
このように、「コンタクトレンズ」が今のように多くの人に使われるようになったのはここ5,60年来の出来事なのです。